大判例

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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)10707号 判決

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  原告らが被告に対し雇用契約上の地位を有することを確認する。

2  被告は、原告Aに対し、昭和五〇年五月一六日以降毎月二五日限り、月額金七万九六五〇円、同Bに対し、右同日以降毎月二五日限り、月額金九万二〇五〇円、同Cに対し、同月六日以降毎月二五日限り、月額金二万二〇四〇円、をそれぞれ支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第二項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告会社は、洋書及び教育機器の展示販売等を目的として昭和四四年一〇月三〇日に設立された株式会社であるが、同五〇年八月二九日に株主総会の決議により解散し、現在、清算手続中である。

2  原告Aは昭和四七年二月二一日に、同Bは同四四年一二月二〇日頃に、それぞれ正社員として被告会社に入社し、同Cは同五〇年二月二四日に非常勤のパートタイマーとして被告会社に雇用されていたものである。

3  被告会社における賃金支給日は毎月二五日であつて、原告らの月額給料は、昭和五〇年五月一五日当時、原告Aが金七万九六五〇円(基本給七万四六五〇円、住宅手当五〇〇〇円)、同Bが金九万二〇五〇円(基本給八万七〇五〇円、住宅手当五〇〇〇〇円)であつて、同Cについては月額金二万二〇四〇円以上(時給三八〇円で一週あたり一四時間半以上勤務することとなつていて、一か月は四週を下ることがないから、これらを乗ずると最低でも金二万二〇四〇円となる。)であた。

4  しかるに被告会社は、原告A及び同Bについては懲戒解雇を理由として同年五月一六日以降の、同Cについては任意退職したことを理由として同月六日以降の、各賃金を支払おうとしない。

5  しかしながら、原告A及び同Bに懲戒解雇されるような事情はないし、同Cは任意退職していない。

6  よつて、原告らは、被告会社に対して、それぞれ雇用契約上の地位を有することの確認を求めるとともに、被告会社が、原告Aに対して、昭和五〇年五月一六日以降毎月二五日限り、月額金七万九六五〇円、同Bに対して、同日以降毎月二五日限り、月額金九万二〇五〇円、同Cに対して、同月六日以降毎月二五日限り、月額金二万二〇四〇円、の各金員を支払うべきことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の各事実は認める。

2  同5及び6は争う。

三  抗弁

1  原告A及び同Bに対する懲戒解雇

(一) 被告会社は、昭和五〇年五月一五日付で右原告両名を懲戒解雇した。

(二) 右両名に対する懲戒理由は次のとおりである。

(1) 原告A及び同Bは、昭和五〇年五月六日午前一一時四五分頃、社外の氏名不詳者数名と共に、被告会社代表取締役Dを仮店舗より旧社屋内に強制的に連行し、翌七日午前三時四〇分頃まで約一六時間にわたつて監禁し、その間同人に対し暴行傷害を加えた。

(2) 右原告両名は、被告会社の社屋移転に際し、同社の誠意ある申入れに対しこれを一切無視し、「移転阻止」を目的にこれを妨害しようと企て、同社が賃貸借契約上の約旨に従い貸主に明渡した旧社屋に社外の氏名不詳者らと共に家主のした施錠を破壊して侵入してこれを不法に占拠し、被告会社に対し家主から新ビルへの優先入居契約の解約及び損害賠償を受けるおそれを現出させた。

(3) 右原告両名は「旧ビルから即時退去して仮店舗での開業準備行為に従事せよ。」との被告会社からの再三の業務命令に全く従おうとしないばかりか、前記Dが開業準備行為のため仮店舗に入ろうとするのに対し、社外の者数名と共にこれを暴力によつて妨げ、同社の業務を妨害した。

(三) したがつて、右原告両名は、被告会社の従業員としての地位を失つているから、賃金請求権も発生していない。

2  原告Cの任意退職

原告Cは、非常勤のパートタイマーとして被告会社に勤務していたが、昭和五〇年五月六日付の被告会社の業務命令を無視して出社せず、同日以降全く就労していないから、同日以降の賃金請求権は発生しない。また、同人は、同月一〇日付の再度の業務命令をも無視して、その就労指定日である同月一二日にも出社しなかつたから、遅くも右一二日をもつて自らその雇用契約を終了せしめたものというべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1について

(一) 同(一)は認める。

(二) 同(二)は、被告会社の懲戒解雇理由がそのようなものであつたことは認めるが、内容の真実性は争う。

(三) 同(三)は争う。

2  抗弁2について

原告Cが、「仮店舗」に出社しなかつたことは認めるが、その余は否認する。

五  再抗弁

1  解雇権の濫用

原告A及び同Bに対する懲戒解雇処分は、懲戒権を濫用した無効な処分である。

(一) 被告会社は、訴外さいこ社から、同社所有で靖国通りに面した千代田区〈以下略〉所在の木造モルタル造亜鉛葺二階建店舗事務所一棟(以下「旧ビル」という。)のうち、一階部分全部二二八・〇九平方メートルと二階部分の一部一六・五平方メートルを賃借し、これを店舗及び事務所(以下「旧社屋」という。)として、洋書及び教育機器の展示・販売等の営業を行つていたところ、靖国通りにそつて地下鉄が建設されることとなつた。そこで、原告A及び同Bらで組織していた洋書センター労働組合(以下「組合」という。)が、昭和四九年一一月頃に団体交渉の席上、社屋移転の有無を質したところ、D社長は明確な回答を避け、その後もあいまいな態度に終始していたが、同五〇年三月三日に至り、突然、次のような通告をしてきた。

① さいこ社より被告会社に対し、同年六月までに東京都との間で合築に関する合意を締結しなければならないため、同年五月一五日までに社屋を明渡すよう申入れがあつた。

② さいこ社から、被告会社の移転先として、同区〈以下略〉所在の田中ワイシヤツ店隣りの本件仮店舗が提案されている。

③ 仮店舗の職場面積は現在の約五分の一程度になる。

④ 店仮店舗は一案であり、さらにさいこ社と相談する。

以上の内容であつた。

(二) これに対して組合は、右仮店舗では、実際には職場面積が従前の約一〇分の一に縮少されることになり、D社長及び四名の従業員の職場としては狭すぎるだけでなく、事務室がなくなることで事務・経理担当の原告Bの職場が奪われ、女子更衣室・休憩室・組合事務所がなくなり、また極端な職場縮少によつて営業不振に陥つて解雇攻撃の危険があるとの理由で、右仮店舗への移転に反対し、労働条件の悪化をもたらすことのない別の移転先を早急に捜すよう要求するとともに、近所のAビル一階を仮店舗の候補として提案したが、被告会社はこれを拒絶し、同年四月三〇日には、「とにかくお互いに歩み寄つて合意を得られるよう努力し」、次回は五月九日に団体交渉を行うということで、ゴールデンウイークの連休に入つた。

連休明けの五月六日午前八時三〇分頃、被告会社から原告に対して、「五月六日より、移転のため、田中シヤツ隣(本件仮店舗)出社乞う。洋書センター」との電報が来たため、原告らが出社したところ、被告会社は、組合(同年四月一五日に原告Cが加入して組合員は三名となつていた。)に何の連絡もなく、五月三日から五日までの連休の間に一方的に、旧社屋から本件仮店舗への移転を強行していた。

(三) そこで、原告らは、本件仮店舗に出社してきたD社長に対して事情説明を求め、午前一一時四五分頃、D社長も旧社屋で話をすることに応じて、全員で旧社屋へ行つた。仮店舗から旧社屋までは僅かな距離で、しかも人通りの多い白山通りを通つたのであつて、この間、強制連行などありうべくもない。

引続いて旧社屋事務室で開かれた団体交渉の席上、D社長は、時折、「お茶をくれ。」「トイレに行く。」と発言するばかりで、移転については沈黙を続けたので、原告らは、翌七日午前〇時頃まで平和的に説得を続けたが、D社長の態度がかたくななため一応説得を打切り、D社長は事務室内で仮眠をとつていた。同日午前三時頃に至り、E、F両弁護士が来てD社長を説得し、D社長は、五月九日に団体交渉を開くことを約束して両弁護士らと帰途についた。

他方、原告らは、今後さらに会社が移転作業を強行継続するおそれがあると判断して、争議行為として旧社屋に泊り込み、常駐することにした。

(四) しかしながら、五月九日夕刻、原告Aの自宅に会社から「団交に応じられない。」旨の電報が届き、同日に予定されていた団体交渉は開かれなかつた。そして、翌一〇日には、再び電報をもつて、「直ちに旧店舗(社屋)から退去し、五月一二日午前一〇時半、仮店舗設営などの諸準備のため、仮店舗に出社せよ。」と命じてきた。原告らは、D社長の自宅に団交要求書を郵送したほか、同月一二日から同月一四日までの間、仮店舗に出社してきたD社長に対して、移転強行・団交拒否の理由を明らかにするよう求めるとともに団体交渉の開催を要求したが、D社長はこれに応じようとはしかなつた。この間、原告らが、D社長の入店を暴力によつて妨げたり、会社の業務を妨害したことはない。

(五) 右から明らかなように、原告らが暴力を振つたりしたことがないのはもとよりのことであるが、五月六日の団体交渉が長時間に及び、また、原告らが旧社屋に泊り込み、同月一二日から一四日にかけてもD社長に対して事情説明を求め、団体交渉の開催を要求したことは、社屋移転・労働条件の悪化をもたらす仮店舗への移転を強行しながら全く事情説明をしようとしないD社長のかたくなな態度によるものであり、また、その当時、原告らは、新ビルへの優先入居権の内容や損害賠償の特約があつたことは知らなかつたのであるから、右原告らの行為は何ら非難されるべきものとは言えない。したがつて、本件懲戒解雇処分は、何ら処分理由がないにもかかわらず、処分権限を濫用してされたものであつて、無効なものである。

2  不当労働行為について

右1に記載のとおり、本件懲戒解雇は、何ら正当な理由がないにもかかわらず、原告らの組合活動を嫌悪して、原告らを企業外に放逐するためにされたものである。したがつて、本件解雇は不当労働行為として無効である。

3  事前協議約款違反

被告会社と組合との間には、昭和四九年一〇月一九日付で「会社は運営上、機構上の諸問題ならびに従業員の一切の労働条件の変更については、事前に組合、当人と充分に協議し、同意を得るよう努力すること」との事前協議約款が存在するにもかかわらず、被告会社は、原告A及び同Bの解雇に際して、組合及び本人らと一切協議をしていないし、その同意も得ていないから、右両名に対する本件懲戒解雇は手続的に違法である。したがつて、原告らに対する本件懲戒解雇は無効である。

4  労働基準法二〇条違反

被告会社は、昭和五〇年五月一五日に右両名を即時解雇したが、その際、右両名に解雇予告手当を支給していないことはもとより、同条一項但書、三項、一九条二項に定める行政官庁の除外認定を受けていない。したがつて、即時解雇としての効力を有しないと言うべきである。また、判例は、「使用者が即時解雇を固執する趣旨でない限り、通知後三〇日の期間を経過するか、または通知の後に予告手当の支払をしたときは、そのいずれかのときから解雇の効力を生ずるものと解すべき」もの(最高裁昭和三五年三月一一日判決・民集一四巻三号四〇三頁)としているが、被告会社は、解雇から実に七年六か月以上の間、本件解雇が即時解雇であることに固執しているから、右判例によつて本件解雇を有効とすることもできない。したがつて、本件解雇は無効というべきである。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1につき

(一) 冒頭部分は争う。

(二) (一)は、D社長があいまいな態度に終始したとの点を否認し、その余は認める。

(三) (二)は、原告Bの職場が奪われ女子更衣室等がなくなるとの点を争い、その余は認める。被告会社は、組合に対して、女子更衣室等にあてるため仮店舗の近くにもう一室賃借りすることを提示したのである。

(四) (三)は、強制的な連行ではないとの点、平和的な説得であつたとの点は否認し、その余の経過は認める。D社長は、原告らや支援の者達の罵詈雑言に耐え、五月七日の午前三時四五分頃にようやく弁護士によつて助け出されたものである。

(五) (四)は、原告らがD社長の入店を暴力で妨げたことはなく、かつ会社の業務を妨害したこともない、との点は否認し、その余は認める。D社長が五月九日の団体交渉に応じなかつたのは、再び暴行脅迫を受けたり監禁されたりするおそれがあつたほか、五月六日から七日にかけての原告らの違法な監禁等による疲労が回復していなかつたからであり、原告らの行為に基因するものである。

(六) (五)は争う。

2  同2は争う。

3  同3は、原告ら主張の日付で事前協議約款が締結されていたこと及び事前協議をしなかつたことは認めるが、右約款は、その内容から明らかなように、懲戒解雇の場合を含むものではないから、本件懲戒解雇が右約款に反して無効ということはない。

4  同4は争う。

第三証拠(省略)

理由

一  被告会社は、洋書及び教育機器の展示・販売等を目的として、昭和四四年一〇月三〇日に設立された株式会社であり、原告Bは昭和四四年一二月二〇日頃に、同Aは昭和四七年二月二一日に、それぞれ被告会社の正社員として採用され、同Cは昭和五〇年二月二四日に被告会社の非常勤のパートタイマーとして採用されていたところ、被告会社が、原告A及び同Bに対して昭和五〇年五月一五日付で本件懲戒解雇の意思表示をし、また、同Cに対して同月六日以降賃金を支給していないことは当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、原告A及び同Bに対する本件懲戒解雇の効力について判断する。

1  右当事者間に争いのない事実といずれも成立につき当事者間に争いのない甲第二、第三号証、第七号証、第九ないし第一二号証、第一四号証、第一九号証、第二七号証、第三五、第三六号証、第四三、第四四号証、第四六号証、第五二ないし第五四号証、乙第七号証、第九号証、第一〇号証の一、二、第一八号証、第二一号証の一、二(ただし、甲第三号証、第四三、第四四号証、第四六号証、乙第七号証、第九号証、第二一号証の一、二については、いずれも原本の存在及び成立とも。)、原告A本人尋問の結果によつて原本の存在及び成立とも認められる甲第三七号証、被告代表者尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる乙第一ないし第六号証(第四ないし第六号証の官署作成部分の成立については当事者間に争いがない。)、第八号証、第一二号証、第一四ないし第一七号証並びに証人G、同H、同I、同Jの各証言、原告A、同Bの各本人尋問の結果及び被告代表者尋問の結果を総合すれば、次の各事実を認めることができる。

(一)  被告会社は、昭和四四年一〇月三〇日、洋書の輸入、販売等を業とする日本洋書販売株式会社ほか七社などによつて資本金三五〇円で設立された会社であつて、出資七社の商品を一堂に展示してこれを販売することを主な業務としているものであるが、その店舗及び事務所は、訴外Kの経営する訴外さいこ社から、同社が所有している千代田区〈以下略〉所在の旧ビルの一部を賃借していた。そして、さいこ社は、将来、旧ビルを取り壊して新しいビルを建築する計画をもつていたので、賃貸借契約の際、さいこ社が新ビルを建築するときには、被告会社は、旧ビルを明渡す義務を負う一方、新ビルへの入居権を有する、との覚書が両者の間で取り交されていた。

(二)  原告Bは昭和四四年一二月二〇日頃、同Aは同四七年二月二一日、それぞれ正社員として被告会社に入社した者であるが、原告両名は、同四八年六月五日、パートタイマーを含めて四名の従業員のうち、原告ら両名と訴外L(同年七月一六日退社)の三名で洋書センター労働組合を結成し、以後、被告会社に対して賃金を含む労働条件について様々の要求を出して活発な活動を行うようになつた。

組合は、昭和四九年春闘で基本給の大巾な引上等を要求したが、同年六月当時、被告会社は、既に約七九〇万円の累積赤字に悩んでいたためなかなか妥結に至らず、組合は、近隣の外部労働組合の支援を受けて連日にわたつて半日ストライキやステツカー・ビラ貼り闘争を行い、同年九月三〇日には、支援の者約二〇名とともに社前でピケを張つてD社長が社内に入ろうとするのを実力で阻止したほか、同年一〇月三日には、多数の外部の者の応援を得たうえ、団体交渉を要求して、午後六時三〇分頃から翌四日午前五時三〇分頃まで約一一時間にわたつてD社長や他の取締役をかん詰めにし、また、同月一八にも同様に支援の者と長時間にわたつて団体交渉を要求して譲らず、翌一九日早朝まで団体交渉を継続させて、同日付で労働協約を締結し、時間内組合活動や組合掲示板の使用を認めさせたほか、「会社は運営上、機構上の諸問題、ならびに従業員の一切の労働条件の変更については、事前に、組合、当人と充分に協議し同意を得るよう努力すること」との約款を設けさせた。

(三)  ところで、さいこ社は、昭和四九年秋頃、従来からの懸案であつた新ビル建築計画の具体的検討を進め、靖国通りにそつて建設されていた都営地下鉄新宿線の工事にあわせて旧ビルを取り壊し、周辺土地の一部を買収してこれらの跡地に新ビルを建設することになつたが、この新ビルは、ビル内に地下鉄の出入口を設けるために東京都と合築することとした。そして、昭和五〇年一月、被告会社に対して、旧ビル取り壊し、新ビル建築の計画が具体化しつつあることを知らせた。

これを受けて、被告会社は、組合に対して、同年二月中旬頃までに、旧ビル取り壊しによる社屋移転の話が持ち上つている事を明らかにしたほか、さいこ社と協議したうえ、同年三月三日には、組合に対して次の事項を通知した。

① さいこ社から被告会社に対して、同年六月までに東京都との間で合築に関する合意を締結しなければならないので、同年五月一五日までに社屋を明渡すよう申入があつたこと

② 被告会社の仮移転先として、さいこ社から神田神保町〈以下略〉所在の田中ワイシヤツ店隣りの本件仮店舗(二六・二一平方メートル)が提案されていること

③ 仮店舗の職場面積は現在の約五分の一程度になること

④ 右仮店舗は一つの案であり、さらにさいこ社と相談することができること

そして、その際に、五月一五日迄に移転を完了させるため、四月一五日で営業を停止して移転のための作業に取りかかりたいと申し入れた。

組合は、これに対して、職場面積が実際には約一〇分の一に減少することや労働条件の悪化などを理由に反対し、三月一四日の会社と組合との協議において、右四月一五日からの移転作業は一応中止されることとなつた。

(四)  同年三月一八日、被告会社は、さいこ社との間で「波多野ビル(仮称)建設に伴う移転についての合意書」を取り交した。これによると、被告会社は、いわゆる優先入居権として、保証金二割引、賃料二年間一割引のうえ、新ビル内で店舗約五〇坪、事務所約一〇坪を他に優先して賃借しうることになつていたが、同時に、「旧ビルの賃貸借契約は昭和五〇年二月末日をもつて合意の上解約する。ただし、移転期間(昭和五〇年三月一日より昭和五〇年五月一五日)を設け、その間に明渡しを完了する。ただし賃料は無料とする。」「被告会社が前条の移転期間内に明渡しを完了しないときは、被告会社はさいこ社に対し一日につき金一〇万円の割合による遅延損害金を支払う義務を負担すると共に、さいこ社に対し、本契約書第一条、第二条の優先入居権を行使する権利を失う。」ものとされていた。

(五)  被告会社は、右移転問題について、三月二四日、二五日にも組合との間で協議を続けたが前進がみられず、同月二八日、組合は、被告会社に対して、「①職場環境・労働環境(休憩室・女子更衣室・事務者・店売者の職場空間・諸設備その他)の改悪をもたらさないこと、②職場縮少・業務縮少をもたらさないこと、③組合の既得権(休憩室の組合使用・組合掲示板等)のはく奪を伴わないこ」を要求して、本件仮店舗への移転に反対であることを再び表明した。

同年四月一日(当時、被告会社の正社員は原告A及び同Bの二名のみであつた。)、被告会社は、組合の要求に応じるため、付近に別に一室(ワンルーム)借りてこれを休憩室・女子更衣室・組合事務所等として利用させること及び冷暖房等を整備することを提案して、新ビル入居までの約二年半、辛抱してもらいたいと説得したが、組合の受け入れるところとはならず、同月四日、同月一一日、同月一八日にも話合を行つたが、他に適当な移転先も見つからないことから進展はなかつた。

四月二三日、組合は、従前、被告会社が移転先の条件として、①一階であること、②大通りに面していること、③電話番号が変らないこと、を挙げていたこともあつて、被告会社に対して、靖国通りに面したAビル一階を仮店舗とするよう提案したが、被告会社は、運用可能な資金は旧社屋明渡にともなつて、さいこ社から返還される敷金一五〇〇万円であるのに対して、Aビル一階は、敷金が二二〇〇万円で、しかも新築のため内装費を要するなどコストがかかりすぎるので、現状では無理であると説明し、この点で田中ワイシヤツ店横の本件仮店舗は敷金が一〇〇〇万円であるから適当であることを説明して理解を求めた。

このように交渉が思うように進展しないため、組合は、被告会社に出資し洋書販売を委託している会社は被告会社の「親会社」であるとして、これに抗議行動を行うこととし、四月二八日には、外部の支援の者ら数十名とともに、「移転阻止」をかかげて、「親会社」の一つである国際書房の社前で抗議集会を行つたりした。

さらに同月三〇日にも交渉が行われ、被告会社は、組合に対して、本件仮店舗プラスワンルーム案を最終案として提示したが、組合が拒否し、交渉は行き詰つた。被告会社は、さいこ社と約束した五月一五日の明渡期限が切迫しているため、何とか打開の道をさぐるため、同年五月九日に次回の団体交渉を開くこととして右四月三〇日の交渉を打切つたが、その際、組合の委員長である原告Aは、「これでは戦争だな。徹底的に闘うから覚悟しろよ。」と言い捨てて席を立つた(なお、原告Aはこのような発言をしなかつたと供述しているが、同人の本法廷での態度に照らして措信することができない。)。

(六)  被告会社は、組合の要求に対して、できる点は譲歩し、移転問題について何とか組合と合意に達しようと努力したが、右のような組合の態度では明渡期限である五月一五日までに協議が成立することは困難であり、しかも右期限前原告らが出社している時に移転作業を実施しようとすれば、組合は外部の者の応援を求めたうえで実力で移転を阻止しようとするのは確実であると考え、たまたま同月三日から五日にかけては連休で、原告らも出社しないことから、この間に移転作業を実施すれば無用の混乱を避けることができると判断して、同月四日に移転作業に着手し、翌五日までに旧社屋内に陳列展示してあつた商品や在庫商品はもとより、必要な事務機器等の移転を完了し、旧社屋に残存する物品はさいこ社の処分に委ねることとしたうえ、さいこ社のHの立会の下で、荷受口などに新たな鍵を取りつけるなどして旧ビルに施錠をして、これをさいこ社に明渡した。

(七)  同月六日、本件仮店舗への移転を完了した被告会社は、原告らに対して、「五月六日より、移転のため、田中シヤツ隣、出社乞う。洋書センター」との電報を打つた。旧社屋に出社してきた原告らは、旧社屋正面のシヤツターに「建物新築工事のため左記に移転しました」との新聞紙一頁大の貼紙をみたが、右仮店舗への移転を認めることはできないと考え、近隣の信山社や有斐閣などの労働組合に支援を求め、旧社屋に集合してきたこれら部外の者らとともに、旧社屋の奥にある「荷受け」と称する出入口の鍵を勝手にとりはずして旧社屋内に立ち入り、D社長の出社を待つた。

同日午前一一時三〇分頃、原告Bが、仮店舗に出社したD社長を認めて、旧社屋に戻つて事情説明をするよう求めたが、D社長は仮店舗で話を聞くと言つて旧社屋に行くことを拒否した。そこで、同Bは、同A及び支援の者ら三名を呼んできてD社長に詰め寄り、同Aらは、口々に「われわれの職場は向うなんだから旧社屋で説明しろ。」と大声で怒鳴り、D社長が「明渡が完了しているから向うへ移るわけにはいかない。話があるならここで聞く。」と言うのも聞かず、仮店舗の奥の方にいたD社長の両脇をかかえ上げるようにして、力ずくで同人を仮店舗の前の方に引張り出そうとした。D社長は、多勢に無勢であり、原告らがどうしても同人を旧社屋に連れて行く様子なので、これ以上抵抗しても無駄であるとあきらめ、やむなく原告A、同Bや支援の者について旧社屋へ行くこととし、午前一一時四五分頃、仮店舗に出社していた非組合員の松本を帰したうえ、仮店舗のシヤツターを閉めて、右原告らに囲まれるようにして旧社屋に向つた。

旧社屋に着いて、D社長が椅子に座るやいなや、原告A及び同Bを中心として支援者らがD社長をとり囲み、同人の正面にいた原告Aは、「事情を説明しろ。」と大声で怒鳴りながら、D社長のネクタイを引張り、同人を椅子から引き起すなどの暴行を加えた。正午頃からは、昼休みを利用してかけつけてきた支援の者も増え、総勢一四、五名の者が口々に「事実経過を説明しろ。」「即時団交を開け。」と怒鳴つたり、D社長を罵倒したりした。D社長は、当初、「不本意な状態で無理やり連れてこられた場所での話合には応じられない。」「旧社屋は明渡済であるから全員外に出るように。」と応じていたが、原告らは、「商品を元に戻した上で団交しろ。」などと叫んでD社長に対して移転そのものを撤回させようとしたため、D社長は、時折お茶を要求するなどする以外にはなにも話さなくなつた。原告らは、あくまでも移転を認めないとして、押し黙つているD社長に罵詈雑言を浴びせたり、肩をこづいたりしたほか、原告Aは、D社長の左股を平手打ちしたり、手刀で右腕をたたいたり、足を蹴つたり、両肩を押えて前後にゆすつたりしたほか、D社長の両足の間に自分の両足を入れて左右にゆするなどの暴行を加えた。

同日午後四時過ぎ頃、家主であるさいこ社の者が立退くよう言いに来たが、原告らは、D社長が不当な移転である旨確認しないことなどを理由にこれを拒否し、午後五時過ぎには、支援の者の数も二〇名程度にまで増え、D社長に対して、暴言・罵声を浴びせかけながら、移転中止を確認するよう迫つた。そして、原告らは、その後も断続的に同様の確認をするよう大声で怒鳴り、午後一一時三〇分過ぎ頃には、終電車もなくなつたから朝迄じつくりやりましようなどと言つて、右確認がとれるまではD社長を解放しないとの態度を示し、さいこ社側の再三の退去要請を拒否した。このようにして、原告らは、翌七日の午前零時を回つてもD社長を解放しようとはせず、午前一時頃になつて、原告らもようやく疲れがみえはじめて罵倒したりするのを中断したものの、D社長が帰宅しないよう監視するために見張りを残したので、同社長はやむなく椅子を並べて仮眠をとることとした。それから約一時間ほどした午前二時頃、対応に苦慮していたさいこ社側に依頼されたE・M両弁護士が入つてきて、D社長を解放して帰宅させようとしたが、これに気づいた原告らが「誰に頼まれてきた」「身分を明らかにしろ」等怒鳴りながらこれをとり囲んで、D社長らが外に出ようとするのを阻止した。両弁護士は、やむなく一旦外に出て同行してきたさいこ社の者や原告らと交渉し、一刻も早くD社長を解放することが先決であるとして、D社長を解放するならば移転問題についての団交要求書を受取るよう同社長を説得することで了解に達したが、D社長が疲労のために五月九日という日時は確約できないと言うと、原告Bは、やにわにD社長の座つていた椅子をゆすつてふり回すようにしたため、これを機に外に待機していた警察官も入つて来て原告らに警告を発し、午前三時四五分頃に至つて、ようやく、D社長は、原告らの監視、拘束を免れて帰宅の途についた。

この間、D社長は、原告らにとり囲まれていたため食事に行くこともできず、また、午後一一時頃になつて原告BがD社長のために中華そばを取ろうとしたが、既に店が閉つていたため、結局、身体の自由を奪われた五月六日午前一一時三〇頃から、解放された翌七日午前三時四五分頃までの約一六時間にわたつて食事をとることもできずに拘束されていた。

また、D社長は、この拘束期間中に原告ら及び支援の者によつて加えられた暴行によつて、右肩部前面に鳩卵大の拡りをもつ綿状皮下出血、右上腕に点状皮下出血、右前腕前面に慢性皮下出血、右膝部前面に小指頭大皮下出血を負つたほか、左殿部・大腿部に圧痛や熱感、左上前胸部に鈍痛を生じた。

(八)  他方、原告両名は、D社長が帰宅した後も、会社側の抜き打ち移転に抗議し、旧社屋こそが自分達の職場であるとして、その夜から旧社屋に泊りこみ、外部からの支援の者らの応援をうけて、いわゆる「職場常駐」を決行した。

(九)  さいこ社側は、旧社屋の明渡を受けたはずであるのに原告両名及び支援の者がこれを占拠していることに困惑し、これらの者に何度も退去するよう通知するとともに、D社長に対して、同月一二日付内容証明をもつて、「当社取締役Hが、五月六日以来、右不法占拠者らに対し、再三、再四に亘り、退去方を要求したにも不拘、貴社従業員の二人はこれに応じません。従つて当社として極めて迷惑と損害を蒙つています。ついては、貴台は、貴社の代表取締役社長として右従業員を指揮・監督する立場にあられますので、直ちに、右従業員を本件建物から退去させるよう必要な措置を講ずることを要請致します。然らざれば、貴社が当社に対して合意書に基づき、明渡を履行した効果を発生するに由なきものであります。」と通知し、旧社屋の明渡が完了しないならば、昭和五〇年三月一八日付合意書にのつとり、一日につき金一〇万円の割合による遅延損害金を請求することを考慮するとともに、被告会社が建築される新ビルについて有する優先入居権を喪失するおそれのあることを明らかにした。D社長は、原告両名に対して旧社屋からの退去及び仮店舗での就労を命じたが、原告両名は、我々田中ワイシヤツ横の仮店舗を職場とは認めないと言い張つてこれを無視し、結局、同年六月一六日に、さいこ社の要請によつて出勤した神田警察署員に排除されるまで、四二日間にわたつて旧社屋を占拠した。

(一〇)  五月一二日、D社長は、再び本件仮店舗に出勤し、移転搬入した商品・機器等を整理して仮店舗での営業再開を図ろうとしたが、原告両名は、「移転阻止」等と大書したビラ七、八枚を乱雑に仮店舗のシヤツターに貼付したうえ、支援の者の応援をうけ、仮店舗前付近で出社してきたD社長を待ちうけて、D社長が、「ここが職場ですから、ここで働きないさい。」「就労しましよう。」と業務命令を発したのにこれを無視し、仮店舗前路上においてハンドマイクを使用してD社長を攻撃するアジ演説を行つたり、シヤツターの前に立ち塞がつたりしたほか、同社長がシヤツターを開けようとして手をさし出したところを振り払うなどして、D社長が仮店舗での業務を再開しようとするのを実力で阻止した。そして、同月一三日、一四日も同様に業務再開のための作業を行うことを妨害し、特に一四日には付近の人の通報で警察官も駆けつけるなど緊迫して、このような連日にわたる原告両名の妨害行為によつて、D社長は、当面業務再開の見通しを持つことができなくなつてきた。また、このまま原告らを放置しておくならば、新ビルへの前記優先入居権を失うとともにさいこ社から損害賠償を請求される蓋然性が高まつてきた。

(一一)  そこで、D社長は、このような事態を放置しておくことは被告会社の存立そのものをも危うくするものと判断して、原告A及びBに対し、五月一五日付で、

「(1) 右原告両名は、昭和五〇年五月六日午前一一時四五分頃、社外の氏名不詳者数名と共に、被告会社代表取締役Dを仮店舗より旧店舗内に連行し、翌七日午前三時四〇分頃まで約一六時間にわたつて監禁し、その間同人に対し暴行傷害を加えた。

(2) 右原告両名は、被告会社の社屋移転に際し、同社の誠意ある申入れに対しこれを一切無視し、「移転阻止」を目的にこれを妨害しようと企て、同社が賃貸借契約上の約旨に従い貸主に明渡した旧店舗に社外の氏名不詳者らと共に家主のした施錠を破壊して侵入してこれを不法に占拠し、被告会社に対し家主から新ビルへの優先入居契約の解消及び損害賠償を受けるおそれを現出させた。

(3) 右原告両名は、『旧ビルから即時退去して仮店舗での開業準備行為に従事せよ。』との被告会社からの再三の業務命令に全く従おうとしないばかりか、前記Dが開業準備行為のため仮店舗に入ろうとするのに対し、社外の者数名と共にこれを暴力によつて妨げ、同社の業務を妨害した。」

との理由で懲戒解雇する旨意思表示した。

その後、被告会社は、業務を再開することができず、昭和五〇年八月二九日の株主総会の決議により解散し、同年九月一二日にこれを登記したうえ、同年一〇月五日付をもつて本件仮店舗の賃貸借契約の解約を申し入れた。

2  そこで、右に認定したところにより、本件懲戒解雇の効力について検討する。

(一)  はじめに、本件懲戒解雇が懲戒権の濫用に当たるかどうかについて判断する。

まず、旧ビルの取壊しに際して被告会社が旧社屋を明渡すことは、同社の設立の際さいこ社との間で締結された当初の賃貸借契約に基づく業務であつて、当然のことであり、組合がこの明渡自体を問題にする余地はないものというべきである。また、新ビル建設までの暫定的な移転先として、被告会社が本件仮店舗を選択したことも、なるほど、右仮店舗への移転によつてある程度の労働条件の低下をもたらすことは否定しえないところであるけれども、しかし、被告会社は、組合の要求に応えて、本件仮店舗のほかに、近くにワンルーム(一室)を賃借してこれを休憩室・更衣室・組合事務所等の利用に供することを提案していたのであつて、この提案がされた当時の正社員は、組合員である原告Aと同Bの二名のみであつたのであるから、このように休憩室等に供するため別に一室が確保されるならば、右仮店舗への移転に伴つて生ずる原告らの不利益もかなりの程度回復されるであろうと考えられ、しかも、このような不利益は新ビル建設までの暫定的なものであるから、原告らにおいて受認することができないようなものではないと言うべきである。更に、被告会社が五月四日から五日にかけて店舗の移転作業を行つたことも、さいこ社との間で明渡期限とされた五月一五日が切迫していたのみならず、被告会社は、当初予定していた四月一五日の移転を中止して組合と協議を重ね、移転に関して合計一一回の話合を行い、その際、労働条件改善のためにさらに別に一室を借りること等を提案したり可能な限りの譲歩を行つて、何とか合意に達するよう努力したにもかかわらず、組合は、プラスワンルーム案を全く考慮に値しないとして一蹴し、本件仮店舗への移転は絶対に認めないとの姿勢を崩さなかつたのであつて、被告会社においてさらに組合と協議を重ねても到底合意に達することはできないと判断したことももつともであり、加えて、これまでの組合の闘争姿勢や経過に照らせば、被告会社が、原告ら組合員を前にして移転作業を実施しようとすれば、必ず組合は支援の者を集めて実力によつてこれを阻止するであろうと判断し、これらの妨害行為を回避するために休日を選んで店舗の移転作業を行つたことも無理からぬところがあると考えられる。

そうすると、被告会社が、その旧社屋を明渡し、右明渡し後新ビル建設までの暫定的な移転先として、本件仮店舗を選択し、また、同年五月四日から五日にかけて本件仮店舗に移転したことは、いずれもやむを得ないものであつたというべきであるにもかかわらず、原告A及び同Bの両名は、絶対にこれらを認めることはできないとして、両名一体となつてあらゆる阻止行動を行うことを決意したものである。そして、仮店舗での就労を命じた被告会社の業務命令を拒否し、既にさいこ社に明渡された旧社屋が自分達の職場であるとして、施錠された鍵を勝手にとりはずして旧社屋内に立入り、仮店舗に出社してきたD社長の自由意思を抑圧して旧社屋に連行し、五月六日午前一一時四〇分過ぎ頃から翌七日午前三時四五分頃まで約一六時間にわたつて、前認定の態度で同人を同所内に軟禁したうえ、同人に対して暴行を加えて傷害を負わせたのである。そればかりではなく、同日以降、所有者であるさいこ社の退去要求及びD社長の業務命令を無視して無権原で同社屋を占拠し続け、これによつて、被告会社はさいこ社から警告を受けるに至り、被告会社に新ビルへの優先入居権喪失のおそれや損害賠償請求のおそれを生じさせたのであつて、これを放置するならば被告会社の存立そのものを脅かす事態に至らしめたのであるから、これらのことを理由に被告会社が右両名を懲戒解雇したこともまたやむを得なかつたものというべきであり、仮に原告らが前記行為を争議行為として行つたとしても、もはや手段としての相当性を大きく逸脱していることが明らかであつて、とうてい法の容認するところではないといわなければならない。してみれば、原告A及び同Bに対する本件懲戒解雇は、社会通念上著しく妥当を欠き、懲戒権者に委ねられた裁量権の範囲を超えたものということができず、むしろ、社会通念に照らして相当として是認することができるものというべきである。したがつて、この点に対する原告らの主張は理由がない。

(二)  さらに、原告らは、本件懲戒解雇は不当労働行為である旨主張するが、本件全証拠によつても、本件懲戒解雇が不当労働行為であることを認めることはできず、かえつて、前記認定判示したところによれば、本件懲戒解雇は、懲戒権の濫用に当たらず、社会通念に照らして相当として是認することができるものというべきであるから、原告らの右主張も採用することができない。

(三)  次に、事前協議約款違反の点について判断する。

前記のとおり、被告会社と組合との間には、「会社は運営上、機構上の諸問題ならびに従業員の一切の労働条件の変更については、事前に、組合、当人と充分に協議し同意を得るよう努力すること」との協約が存在し、本件懲戒解雇に際して、被告会社は事前に組合及び本人と協議をしなかつたことは当事者間に争いがない。

しかし、右協議約款が、懲戒解雇の場合においても、会社は、本人と協議しその同意を得るよう努めるべきことを定めたものと解することはできない。けだし、懲戒解雇は、非違行為を行い会社との信頼関係を破壊した者を企業外に放逐すると同時に、退職金の不支給など一定の厳しい不利益を生じさせるものであるから、仮に、非違行為を行つた本人と事前に協議をしてその同意を得るよう努めなければ懲戒解雇をすることができないとするならば、当該本人がこのような厳しい不利益を甘受してこれに同意することは通常ありえないから、使用者に対し無益な努力を強いる結果となることは明らかであり、また、会社との信頼関係を破壊した本人と協議すべきことを求めること自体不合理というべきであるからである。もつとも、他方、懲戒解雇に際して、組合と事前協議を行つてその同意を得るよう努めなければならないとすることは、一般的には意味のないことではないということができるけれども、本件では、前認定のとおり、組合といつても、その構成員は、非常勤のパートタイマーである原告Cを除けば、本件懲戒解雇を受けた原告A及び同Bの両名だけであつて、組合の意思決定は右両名によつて行われ、組合の利害と右両名の利害とは完全に一致してこれを分離することができないものであつたのであるから、このような特殊な事実関係の下においては、当該本人についての場合と同様に、事前に組合と協議してその同意を得るよう努力しなければ懲戒解雇しえないとするのは不合理というべきである。したがつて、本件のような場合においては、懲戒解雇に先立つて組合と協議しその同意を得るよう努力しなかつたからといつて、懲戒解雇の効力を否定することは許されないといわなければならない。この点に関する原告らの主張は理由がない。

(四)  また、原告らは、被告会社が本件懲戒解雇について、労働基準法二〇条三項、同一九条二項に定める行政官庁の除外認定を受けていないことをもつて本件解雇が無効であると主張している。しかし、本件懲戒解雇が相当なものであることは前認定判示のとおりであり、このように除外認定事由が存在する場合には、たとえ右除外認定を受けていなくても、本条違反として罰則の適用が問題になることは別論として、懲戒解雇そのものの効力には影響がないと解されるから、原告らの右主張も採用することができない。

(五)  右に判示したところによれば、原告A及び同Bの両名は、昭和五〇年五月一五日をもつて被告会社の従業員としての地位を喪失したものであるから、原告両名の本件請求は、いずれも理由がないものといわなければならない。

三  次に原告Cの雇用契約上の地位について検討する。

1  前記認定・判示したところと、成立につき当事者間に争いのない甲第五五号証及び被告代表者尋問の結果真正に成立したものと認められる乙第一四号証を総合すれば、次の事実を認めることができる。

原告Cは、昭和五〇年二月二四日、「アルバイト・パート募集」の貼紙を見て応募し、D社長と面接のうえ、同年三月末日まで被告会社のパートタイマーとして働くことになつた。同年三月下旬頃、同人は、その後も被告会社でアルバイトを続けたいと考えて、D社長に雇用関係の継続を申し出たところ、D社長は、長期の雇用の継続には難色を示し、同人の短大入学式の前日である同年四月一一日までの間、雇用の継続を認めた。同年四月に入つて、Cは、再びD社長に対して同月一二日以降の継続を申し入れたが、同社長は、無理であるとしてこれを断つた。Cは、その頃、被告会社の移転問題で会社と組合(原告A及び同B)との間で交渉が行われていることを知り、組合に相談をもちかけたところ、組合としては、「契約期限切れ解雇」を撤回させるため闘うということであつたので、これに意を強くして、同月一一日、再びD社長に対して雇用継続を申し入れたが、D社長は、「一応、今日で辞めてほしい。機会があれば、またいずれ。」と言つて、当日までの給料を用意したうえ、契約終了を告げ、雇用継続の意思のないことを明らかにした。しかし、これに気付いた原告Aが強硬に同Cの雇用継続を主張して譲らないため、D社長は、一応、同月一五日まで留保することとなつた。Cは、同日夕刻、再びD社長に雇用継続を申し入れたが、D社長は、「あなたの方から辞めることにしてほしい。」と言つて、雇用継続を認めようとしなかつた。そこで同人は、再び組合に相談し、同日付で組合員となるとともに、事態の改善を要請した。組合は、翌一六日にD社長を詰問し、D社長は、同月一八日の団体交渉で、前記移転問題の交渉が難しくなるのを懸念して、やむなく原告Cの雇用継続を認めた。

その後、前記のとおり、被告会社は、五月の連休に本件仮店舗に移転し、五月六日朝、原告Cに対しても「五月六日より、移転のため、田中シヤツ隣、出社乞う。洋書センター」と電報を打つた。そして同人が同日午後一時頃旧社屋に行くと、前記のようにD社長が軟禁状態にあつた。同人は、同日午後一〇時頃に帰宅し、その後、旧社屋に顔を出したことはあるものの、仮店舗に出社することはなかつた。

同月一〇日、被告会社はCに対し、同月一二日から移転先である本件仮店舗に出社するよう再び電報を打つた。同月一二日、D社長は、午前一〇時三〇分頃から午後二時三〇分頃まで、本件仮店舗に出社したが、原告A及び同Bらに妨害されて業務を再開することができず、この間、原告Cは出社して来なかつた。その後、翌一三日、一四日も同様の事態になつたが、原告Cは出社して来なかつた。そこで、D社長は、従前の経緯にかんがみ、原告Cは被告会社で就労する意思を放棄したものと考え、同人が任意退社したものとして、以後、同人に対して特別の働きかけをすることはなかつた。

原告Cも、五月六日以降、暫くの間は、仮店舗には出社しなかつたものの、組合とは接触を持つていたが、すぐに縁談の話がもち上り、同年八月には結婚式を挙げて家庭に入り、また持病の膝関節水腫も悪化したことから、同年一〇月頃には、積極的に被告会社において就労しようとの意欲を失うに至つていた。

2  右に認定したところによつて原告Cの雇用契約上の地位について判断するに、同人は、被告会社にパートタイマーとして採用されたときから、ごく短期間の雇用に限定されていたばかりではなく、被告会社は、同人に対し、再三再四にわたつて雇用継続しない旨を明らかにしていたのであつて、組合の強い要求によつてやむなく継続に応じたものの、できれば早い時期に同人に退職してもらいたい旨表明しており、同人も、被告会社のこのような意思を十分に知悉していたものであるところ、同人は、五月六日以降、仮店舗に出社すべき旨の被告会社の再度にわたる出社命令に従うことなく、たまたま旧社屋を占拠していた組合のところに顔を出すことはあつたが、被告会社で就労しようとはしなかつたのであるから、被告会社と原告Cとの雇用契約は、二度目の出社命令に同原告が従わなかつた同月一二日に、双方の黙示の意思表示によつて解約されたものというべきである。そして、同原告は、その間、被告会社に対して労務を提供しなかつたのであるから、同人のその間の賃金請求権は発生しなかつたものといわざるを得ない。したがつて、原告Cの請求もすべて理由がない。

四  よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

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